2008年09月09日

ナイルパーチ悪玉論は詭弁か?【ダーウィンの悪夢】



 アフリカに横たわる問題の最大のものは「貧困」である。戦争、部族間対立、飢饉、HIVなどさまざまに広がっていく悲惨な現実は、貧困が解決されれば、かなり改善されるはずである。

 貧困を改善するには、産業を確立させるしかない。世界に通用する産業があれば、人々は豊かになり、無知に起因する争いは少なくなるに違いない。実際にアフリカ諸国のなかで、一次産品の資源以外のものを輸出して外貨を稼ぐことのできる国はほとんどない。海外に売れるのもは、鉱物資源漁業資源のみになってしまう。外貨がなければ、輸入ができず、豊かな生活を送ることは難しい。

 『ダーウィンの悪夢』で描かれるタンザニアは、北に位置するヴィクトリア湖ナイルパーチをヨーロッパや日本に輸出することで外貨を稼ぐことができた。もともとナイルパーチはヴィクトリア湖原産ではなく、琵琶湖にいるブラックバスやブルーギルのように、あとからヴィクトリア湖に放流されたもの。ブラックバスやブルーギルと違って、白身の魚として食用に適していた。さらに、淡水魚であるにもかかわらず最大二メートル程度にまで巨大化する。美味であり水産資源として扱いやすい。

 その放流されたナイルパーチをめぐるさまざまな社会現象を取り上げ、オーストリア人の監督フーベルト・ザウパーがドキュメンタリーとして映画化したものが『ダーウィンの悪夢』である。

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 DVDの中にはナイルパーチをめぐるいくつかの社会現象を解説した小冊子が入っている。そのなかに

一目でわかる『ダーウィンの悪夢』ドミノ倒し図

というページがある。このドキュメンタリー映画に描かれている多くの出来事は密接に関連していると言いたいらしい。その出来事とは

ナイルパーチの放流でのヴィクトリア湖の生態系の破壊
ナイルパーチ産業で貧富の差が拡大
人口の集中によって売春婦が増えエイズが増加
エイズによってストリートチルドレンも増加
復路の航空便で武器弾薬が極秘に輸入


などである。

 小冊子ではこれらの出来事がドミノ倒しのように関連して引き起こされ、あたかもナイルパーチの放流が諸悪の根源であるかのように図説されている。しかし、そうだろうか。これらは関連していても、それぞれが独立している事象ではないのか。

 ナイルパーチの放流によって、たしかにヴィクトリア湖のシグリッド(カワスズメ)は壊滅したかもしれない。失われた魚種も多いだろう。しかし、それでもタンザニアにナイルパーチがいなければ、ヴィクトリア湖周辺の人々には「貧困」しかなかった。

 どの先進国をとっても自然環境を破壊せずに発展した国はない。文明には自然破壊が当たり前のようについて回る。発展途上国のタンザニアに、生態系を維持するために、貧困を甘受しろということはできない。ヴィクトリア湖の生態を維持することを、いったい誰が求めることができるのだろうか。生態系が破壊されても、タンザニアが潤うのであれば、ナイルパーチは受け入れるしかないのではないか。

 貧富の差があることは必ずしも悪いことではない。アフリカには貧者しかない国や地域がたくさんある。そういう国や地域の方が多いのだ。それを考えると、ナイルパーチ加工業という産業があるタンザニアは恵まれていると考えるべきではないか。


 エイズも同じだ、ナイルパーチが直接の原因ではない。エイズはアフリカ全域で広がっている問題だ。教育を受けないまま、エイズの恐ろしさを知らないことに原因がある。タンザニアより、「処女とセックスすれば、エイズは治る」という盲信が流布している南アフリカの方が、もっと悲惨ではないか。

 映画の中で、漁師の村、キリミリルの牧師がいう。

人口たった三百九十人の村人の内、
半年で四十五人から五十人の漁師がエイズで亡くなる


と。漁で水揚げしたナイルパーチを売った金で、漁師が売春婦を買うからだろう。貧困がエイズを生むというより、少しばかり金持ちになったことが、エイズを広げ、ストリート・チルドレンを生み出しているといえそうだ。もっとも、それだけの村民がエイズで死んでいくにもかかわらず、教義に反するとして、コンドームの使用を奨めない牧師をみると、キリスト教の限界を感じてしまう。

 エイズの恐ろしさは凄惨だが、それでも人口が減っていかないのは、それ以上に多産だからだろう。貧乏人の子だくさんが、さらに貧困を助長している。


 加工されたナイルパーチは、航空貨物便に乗ってヨーロッパや日本に輸出される。しかし、復路の貨物機は運ぶものがない。ヨーロッパや日本からタンザニアに売るものはほとんどないからだ。売るものがないというより、タンザニア人が買えるような価格の商品はないからだ。

 そこで、空っぽの復路には、アフリカで需要のあるものが積み込まれる。それが、武器弾薬である。アフリカに運ばれた武器弾薬は、アフリカの紛争を増幅させるという。

 それはけしからん、ナイルパーチ不買運動をして、アフリカに武器が運ばれるのを阻止しよう、と思い立ったのが、フランス人である。ナイルパーチボイコット運動がおこってしまった。なんとフランス人は単純なのか。アフリカに運ばれた武器にはフランス製のものもあったはず。そういうのであれば、国内の武器製造や武器輸出にストップをかけることが先ではないか。

 もちろん、ナイルパーチ便がなくても、必要とされれば、アフリカに武器は運ばれる。ナイルパーチとは関係がない。単に都合よく利用されただけである。

 『ダーウィンの悪夢』というタイトルはすばらしい。誰でもが注目するネーミングになった。ダーウィンとはなんの関係もない映画だが、ダーウィンという言葉の惹起力はきわめて高かった。

 タンザニアの社会問題だけを扱った映画であれば、これほどまでに注目されることはなかったに違いない。ヴィクトリア湖が『ダーウィンの箱庭』と呼ばれることに引っかけて、ナイルパーチによる生態環境の破壊を切り口にしたことで、アフリカの貧困にはあまり関心がなくても、環境問題に過敏に反応するオピニオン・リーダーたちにうまく訴求したのである。それがヒットに繋がったというのは、穿ち過ぎか。

 現在あるアフリカの現実を知るという意味では、よくできた映画である。先進国がアフリカにすべきことは、教育の充実と、確固たる産業基盤を作ることである。教育が行き届き、経済的に余裕が生まれれば、アフリカの悪夢は見えなくなるだろう。

 しかし、五十三の独立国、八億五千万の民が先進国並みになるには、どれほどの時間がかかるのだろうか。本気で考えれば、それこそが、悪夢なのかも知れない。私がいまにできること、あなたがいまできることを考え行動していくしかなさそうである。




posted by jin-k at 19:30 | Comment(1) | TrackBack(0) | アフリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
『ダーウィンの悪夢』を劇場で観たときには、本当に悪夢に見舞われたような感覚に包まれました。スーダンを舞台とした、フーベルト・ザウパー監督の新作『We Come as Friends』がサンダンス映画祭でプレミア上映を行いましたね。公開が待ち遠しいです。
Posted by ETCマンツーマン英会話 at 2014年08月03日 23:01
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