2008年11月10日

【スリーピー・ホロウ】アメリカ都市伝説を生んだヘッセンカッセル



 原作者のワシントン・アーヴィングといえば、なんといっても「アルハンブラ物語」が有名だろうか。「アルハンブラ物語」のような紀行文だけでなく、コロンブスワシントンなどの伝記も書いている作家だ。

 そのアーヴィングがニューヨーク州の都市伝説を題材に、架空の村、スリーピー・ホロウでおこった首無し騎士による殺人事件を小説にしたものが「スリーピー・ホロウの伝説」という短編小説。一八二〇年に出版されている。

 それをティム・バートンジョニー・デップを主演にして映画化したのが『スリーピー・ホロウ』である。アメリカでは、いままで、幾度となく映画化、テレビドラマ化されているようで、この小説の影響で、「スリーピー・ホロウ」という名前のついた地名や建物が増えたらしい。スリーピー・ホロウという墓地まである。

 「スリーピー・ホロウ」というのは「眠りの谷」という意味ではなく、「夢想家の谷」という意味で付けられている。架空のおとぎ話が真剣に囁かれる田舎町のこと。

 081110-1.jpg ノベライズ版の『スリーピー・ホロウ』には原作の抄訳が掲載されている【スリーピー・ホロウ/ピーター・ルランギス著/徳間文庫/229ページ参照】が、ストーリーは、首無し騎士に変装したブロムにイカボットが追い立てられるあたりまでしかなく、それ以降は脚色を通り越していて、全く別の作品であった。イカボットの職業も刑事ではなく、よそ者の教師なのである。

独立戦争で死んだドイツ人騎士
 Yahoo!映画の「スリーピー・ホロウ」解説には

調査に訪れた市警捜査官のイカボットは、
南北戦争で殺され、自分の首を求めてさまよう幽霊騎士の伝説を聞かされる。


と書かれているが、時代背景は南北戦争ではない。南北戦争はアメリカ人同士の戦争なので、ドイツ人騎士が登場することはまずない。もちろん、騎士が殺されたのはアメリカ独立戦争である。

 アメリカ独立戦争は一七七五年四月のレキシトン・コンコードの戦いに始まり、一七八一年十月のヨークタウンの戦いで事実上終結する(独立戦争が正式に終結したのは一七八三年)。

 ニューヨークやニュージャージーでの北部での戦闘は、一七七八年には終わっている。ドイツ人騎士が殺されたのは、一七七九年であり、北部での戦闘が終わった後、落ち武者のように逃げ回り、殺戮を繰り返していたのかもしれない。そして、ハドソン川上流の渓谷にある森にたどり着き、自らの剣で首をはねられたのだろう。

ニューヨークはオランダ人の町だった
 舞台になった村にはオランダ人が住んでいる。もともとニューヨークは「ニューアムステルダム」といい、オランダ人が入植していた。入植が始まったのは、一六二四年である。その後、十七世紀の半ばにイギリスが武力でオランダの開拓地を併合した。そのとき「ニューアムステルダム」は「ニューヨーク」に改名させられた。したがって、ニューヨーク周辺にはオランダ移民の子孫が多い。アメリカ大統領になった二人のルーズベルトはオランダ移民の子孫である。

 映画はその二十年後のアメリカを舞台にしている。ヨーロッパがフランス革命の嵐で大きく揺れて混乱する中、アメリカは独立戦争を終えて、経済が飛躍的に発展していくと同時に南北の亀裂が少しずつ大きくなっていく時代だ。ちなみにその頃のアメリカの人口は、四百万人程度だっだと言われている。

 ジョニー・デップの少し頼りなく合理的であろうとする科学捜査官が、あたかもヨーロッパで起きそうな怪談に遭遇するというミスマッチはなかなか面白い。映像はヨーロッパ風のおどろおどろしい雰囲気がよくでていて(撮影はイギリスで行われた)、アカデミー賞の美術賞を獲得するだけはある。

領民を傭兵として売って儲けるヘッセン・カッセル
 怪物化する首無し騎士の由来がなかなか興味深い。最初にイカボットが事件についてレクチャーされるとき、ホストの富農マイケル・ガンボン演じるタッセルは首無し騎士の正体は

ドイツ人王子(German Prince)


だという。原作ではドイツ人王子から遣わされた兵士となっている。階級は「少佐」なので、ドイツ諸侯の下級貴族の一人だろう。その後で「ヘッセン」という単語も会話のなかに現れる。首無し騎士は神聖ローマ帝国ヘッセン・カッセル方伯の兵士であることがわかる。

081110-02.jpg ヘッセン・カッセルは、アメリカ独立戦争の時に多数の領民を傭兵としてイギリスに売ったことで悪名高い。傭兵をアメリカに売ったのは、ヘッセン・カッセルだけではなく、多くのドイツ領主が傭兵として自国民をアメリカに売った。もっとも当時は、領民を兵士にして傭兵として売ることは珍しくなかった。

 当時のイギリス王はハノーバー選帝候も兼ねており、ドイツの領主とは縁戚関係もあった。イギリスは、アメリカ独立戦争のためにドイツ全体で三万人弱の兵士を調達した【傭兵の二千年史/菊池良生著/講談社現代新書/202ページ参照】。そのうち、

一万八千人程度

がヘッセン・カッセルからのものである。ドイツからの傭兵は、職業兵士ではない。正確には傭兵ではないのだ。領国内で強制的に徴用した男子を兵士に見立てて、アメリカに送ったのである。志願者は言うに及ばず、あぶれもの、ならず者、ジブシーだけでなく、生業を持っていても無理矢理さらわれて兵士にさせられた。

 当時のヘッセン・カッセル方伯はフリードリヒ二世。イギリスのジョージ二世の娘と結婚した人物だが、縁戚にあったからではなく、ひたすら金ほしさに売ったらしい。十八世紀後半のヘッセン・カッセルの人口は約四十万といわれていて、イギリスに売られたのは、そのうちの一万八千人である。男女の比率を半分だとすると、領民男子の十人に一人はイギリスに売られたことになる。

 ヘッセン・カッセル方伯が手に入れたのは、一人あたり、

七ポンド四シリング

だという。当時の一ポンドを日本円にして仮に五万円程度とすれば、一人あたりたったの四十万円でしかない。しかしそれでもヘッセン・カッセル方伯には、七十二億円が手に入る。それだけ手に入れても、領内の税金が安くなったわけではなく、ヘッセン・カッセル家が濫費したという。のちに、ヘッセン・カッセル家は、ナポレオンによって放逐されている。

 こうしてみていくと、ヘッセン・カッセル家の王子、もしくは王子に使わされた貴族は悪辣非道で冷血残忍な人物であってもおかしくない。首を取られて、墓場から蘇ってきそうなまがまがしい血筋の人物なのである。







posted by jin-k at 20:29 | Comment(0) | TrackBack(1) | アメリカ史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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