2010年01月24日

【アバター】ジェイクはなぜナビィに逃避するのか



 『アバター』という映画は、一にも二にも、誰もが想像し得ない異世界の構築がテーマである。ストーリーに主たるテーマはない。敢えて言えば『アバター』は映像革命を伴った、新しい時代の叙事詩であるといってよい。日本の映画評論家は『アバター』を真正面から理解できないようでなかなか困ったものである。はてさてオスカーはどうなる。

  前回「【アバター】異世界映像のリアリティを極める映画だった」を書いたとき、「映画的・絵画的・音楽的」というブログのクマネズミさんからトラックバックをいただいた。トラックバック先のブログには、いくつかの映画評論家の記事が紹介されていたので、リンクを辿って拾い読みしてみた。

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 その中にいくつか『アバター』に対して評価の低い評論家氏もいて、「なかなか勇気があるなぁ」と思いつつも、

その意見は的はずれだろ

と思わざるを得ないものもあった。もっとも的はずれだと思ったのは、福本次郎氏という評論家の記事である。『アバター』について「エコロジーを前面に訴える」と書いているのだ。『アバター』のメインテーマがエコロジーのはずはないではないか。その解釈は、あまりにも通俗的すぎるのではないか。

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 もっとも福本次郎氏は「ミニシアター系などを中心に執筆」と紹介されているので、本来あれば『アバター』は取り上げるべきではない映画だろう。彼はなぜ、テリトリー外の映画を批評したのだろうか。おそらくテリトリー外でも一言言いたくなったのだろう。

 多分、環境問題はこの映画のテーマの一つではあるが、それはメインテーマではない。サブテーマの一つだろう。それはこの映画を観て、『アバター』が少数民族を暴力で虐げることの不義をメインテーマにしていると言うのと同じくらい的はずれである。それもまたテーマの一つではあるが、メインテーマではありえない。ジェームズ・キャメロンは、観客の支持を広く集めるために、エコロジー的な要素をテーマの一つに加えたのである。

 もちろん映画から何を感じるのかは人それぞれであって、この映画を観て「エコロジーを前面に訴えた」映画と感じ、そう発言することが間違っているわけではない。おそらくキャメロンはそれをも狙っていたに違いないからだ。

 批評記事を読んでいくと、ストーリーの甘さを指摘する部分があった。

筋金入りの海兵隊員だったジェイクの心境の変化に説得力が弱く

と書かれている。この指摘は正しい。ストーリーの点から言うと、説得力は弱い。しかしキャメロンは、半身不随になったジェイクの心をテーマにしたかったわけではない。むしろ逆にジェイクがナビィと心を通わせていく理由に、彼が半身不随であるというハンディしか用意しなかったところにこそ、キャメロンの計算があるのではないか思えてくる。

 戦争で身体機能を損った人をテーマにするのであれば、最近のイラク戦争をテーマにした映画を観ればよい。『勇者たちの戦場』や『告発のとき』などはプロの兵士になり切れないアメリカ人がイラク戦争に志願従軍し、肉体にあるいは精神に傷を負っていく姿が描かれている。『勇者たちの戦場』のキャッチコピーは

戦地も祖国も地獄だった

というすざましいもので、帰国しても精神的肉体的な傷を背負って苦しむ様子が如実に描かれている。『告発のとき』はイラク戦争で常軌を逸した兵士の末路を、ベトナム戦争に従軍した父親の視点から暴いていく。いずれも、病んでいくアメリカがイラク戦争の帰還兵を通して描かれている。

 イラク戦争での米軍の死者は2010年の1月22日の発表で「4,377名」となっている。同時に重傷者を数を観てみよう。重傷者数はなんとその3倍の

13,910名

である。重傷者の定義は「負傷後72時間以内に任務に復帰しなかった者」だが、その何割かは任務に完全に復帰できず、除隊を余儀なくされた兵士も多いはずだ。

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 イラクでは小型の爆発物での攻撃が多くなり、死ぬよりも重傷を負うことが多かったに違いない。つまり、『勇者たちの戦場』で描かれているように手を失ったり足を失ったり、脊椎を破損して不随なったりして健全な日常生活を営めなった若者が数多くいるのである。肉体を損傷しなくても、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱え込んだ人も多くいるはずである。

 ここで思うのは、戦争で肉体を傷つけられた人たちが、どのように考えどのように行動するのかということを、アメリカ人はよく知っているはずということである。重傷者が「13,910名」もいれば、アメリカ人の多くは、知人かもしくは知人の知人くらいで、イラク戦争で大きな傷を負った人を知っているということである。そして彼らの屈折した思いに少なからず共感しているに違いないのだ。

 だからアメリカ人の観客の多くは、半身不随のジェイクが気味の悪い「ブルーマン」に共感していくことを何の疑念も感じなかったのではないか。負傷して除隊を余儀なくされたジェイクの行動は、いかに突飛に思えても受け入れるしかないのである。深読みするに、キャメロンは元海兵隊の負傷兵という設定だけで、ジェイクの心の変容は、観客に(少なくともアメリカの)十分アピールすると踏んだのではないかと思う。

アバター [Soundtrack]
 さらに、もう一つ理由を挙げると、ジェイクがアバターの肉体を纏うことで、彼の精神年齢を大幅に若返らせたことがある。おそらくアバターのジェイクの年齢は12才であろう。まだまだ純真無垢な少年の心に戻るのである。サム・ワーシントンが12才の少年を演じることを期待してのキャメロンの配役だったのではないか。醜い現実に戻るより、イノセントな心を失いたくないジェイクの決断は火を見るより明らかではないか。「ジェイクの心境の変化に説得力が弱く」ということではなく、伏線的に説得しなくてもジェイクの心の変容は必要十分に活写されていたと言えるのではないだろうか。

 しかし、それにしてもだ。もしそうだとすると、やはりアメリカは病んでいるのではないか。なぜなら『アバター』という映画は、一応SFだけど、この映画の本質はハイ・ファンタジーなのである。科学的な理屈は付いているし、魔法使いは登場しないにしても、現実逃避の物語なのである。現実逃避としてのファンタジーを否定する気は一切ないし、それを批判する気もない。

 ファンタジーに喝采を贈るのは、現実逃避の願望が決して小さくないからではないか。キャメロンはその現実逃避の受け皿として、SFの仮面を纏ってファンタジーを製作したのではないだろうか。『スター・ウォーズ』が喝采を受けたのもベトナム戦争の終わった数年後だった。イラク戦争やアフガンでの戦闘はまだ決着を見ていないが、多くのアメリカ人にとっては、もう終わっているべき悪夢なのかもしれない。地獄を見た後は、現実から逃避するのも対処方法の1つなのかもしれないが、戦争が終わっていないのに現実逃避に浸っているとしたら、それはやはり病んでいる証拠と見ることができるのではないか。

 ちなみにこのサイトで『アバター』に最高点を付けた小梶勝男氏は

もし米国の覇権主義を告発するのであれば、
戦闘場面をこんなにカッコよく興奮するように描いてはいけない


と書いている。優れた映像美には圧倒されつつもストーリーには得心がいかないらしい。キャメロンが「米国の覇権主義を告発」みたいな矮小なテーマを前面に持ってくるわけはないでしょ。もしそんな陳腐なことがメインテーマになったら、『アバター』は駄作になってしまうと思うけどね。

 もう一度いうが、『アバター』は「観るのではない。そこにいるのだ」がキャッチコピー。観客をそこに、つまりパンドラという本当は開けてはいけない空想の世界に逃避させることがメインテーマなのである。もちろん、遊園地に逃避しても、翌日には現実に戻るように、あなたもパンドラに居続けることはできない。異世界でひとしきり遊んだ後は、現実に立ち向かうのが正常なあり方なんである。







タグ:アバター
posted by jin-k at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(2) | アクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【劇場映画】 アバター
Excerpt: ≪ストーリー≫ 元海兵隊員のジェイクは、遥か彼方の衛星パンドラで実行される“アバター・プログラム”への参加を要請された。パンドラの住人と人間の遺伝子から造られた肉体に意識を送り込むことで、息をのむほ..
Weblog: ナマケモノの穴
Tracked: 2010-01-29 08:16

映画を観るなら アバター(2009)
Excerpt: これまたストーリーが完全にインデペンデンスデイトルーク・マクトのくだりはちょっと人間に都合良過ぎる気もしないでもないけど、最後のみんなでイェーイ!は観ててスカッとするな〜。上映時間長いのにダレることが..
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Tracked: 2010-12-28 23:04