2012年05月12日

【ザ・ロード】観客の想像力が試されるサバイバル映画だった



 アメリカ現代文学の最高峰の一人とされるコーマック・マッカーシーの原作を映画化したもの。『ザ・ロード』はポスト・アポカリプティック・ノベルで、破滅後の世界を旅する一人の男とその息子をテーマとする。文明社会での価値観を持ち続けようとするが喪失感で摩滅していく男と、破滅後の世界しか知らない無垢な少年の対話を通して生きる意味を我々に問いかける。

  2005年にマッカーシーの『血と暴力の国』が発刊され2007年に『ノーカントリー』として映画化された。『ノーカントリー』はアカデミー賞の作品賞以下四冠を得た。『ザ・ロード』は2006年に発刊されて2009年に公開されたが、前年のアカデミー賞でマッカーシーの原作が受賞したためか、大きな注目を浴びることはなかった。しかし、マッカーシーの本ではもっとも売れた本だといわれている。

120512-01.jpg 『ザ・ロード』の主人公の男にはヴィゴ・モーテンセン、そして男のもとから去っていく妻をシャーリーズ・セロンが演じている。原作では闇に消えた妻の話は最初に少し書かれるだけであり、そのあとはほとんど回想シーンとしても登場しない。映画ではそれではあまりに花がないと思ったのか、妻を追慕するシーンがいくつも挿入されている。

 この映画の時代はほぼ現代である。文明社会が滅んだ後の10年後が舞台となっている。妻の臨月の少し前に大災害が発生する。大災害については具体的に書かれていないが、原作を読む限り水爆での核戦争を想定してもよい。大都市は焼かれ、劫火にさらされなかった地域の人々だけが生き残ったのだ。大災害のあと、妻は出産に反対するが、男は一抹の未来を信じた。そして約十年、幼子を連れてこの家族はわずかな食料を探して生き延びた。

 しかし十年後に女はとうとう耐えきれなくなって男のもとを去る。未来に地獄を見た女は生きたまま地獄に放り込まれる前に、死ぬことを決意する。自ら生んだ息子のために生きる意欲すら失い、すべての感情を押しつぶしてしまうのだ。死ぬ前に女はいう。

じきに奴らは私たちを捕まえて殺す
私を犯し、次にあの子を犯し
殺して食べるのよ


120512-02.jpg 原作ではさらに続けて女はいう。

あたしはずいぶん前から自分の姦淫の心とは手を切っているの。

 彼女は文明が崩壊した中で生きることを拒否した。彼女にとっては生きる希望や未来を描くことは「姦淫」なのである。夫である男のどのような言葉も女には届かない。いままで何度も夫の説得を受け入れてきたが、とうとうすべての感情を失ってしまうのである。

 女が死ぬ前に男に投げかける言葉を裏付けるようなシーンが原作にはある。数十人かそれよりも少し多い集団が男と息子の前を通り過ぎるシーンである。集団の前触れに赤いスカーフをした男が四人。そしてに鉄パイプで武装したスニーカーの一群。さらに密集隊形で槍で武装した集団が続き、戦利品を積んだ荷馬車とそれを引く奴隷たちと数十人の女たち。最後には犬の首輪で繋がれた稚児の少年である。食料がなくなれば弱者から喰われることになる。

 こういう集団に捕まれば、彼女のいう通りになるだろう。夫は先に殺されるか、荷馬車を引く奴隷になり、女も少年も犯され続けるだろう。いつ終わるかわからない苦悶の中で死ぬよりつらい苦しみを受ける。そして最後には殺されて食べられてしまうのだ。そんなことになるくらいなら、家族が無事生き延びるという不確定の未来を信じるよりも死んだ方がましである。いまのまま生きていけば、近いうちに必ずそういう「悪者」に捕獲されてしまうに違いない。男は「どんなことをしても必ず守る」というが、女にとってはそれは空手形でしかない。絶望に支配された女は死を強く切望するしかなくなる。

 むなしく妻に去られた男は

冷淡さが最後の贈り物だった

と振り返る。妻が死を選んだことがどうして「贈り物」なのか。女は男に最後に「あたしはあなたを助けられない」というのだ。男は捨てられたのだ。男は彼女の死を「贈り物」と解釈するしかなかったのかもしれない。

 映画では男が妻を追慕するシーンがいくつも挿入されているが、原作では彼女が去った後はほとんど追慕するシーンはない。廃屋のピアノに触って泣き崩れることもない。彼は今日を生き延びるために、妻を追慕する余裕すら失ってしまう。そして男の生きようとする強い意思も摩滅していく。かれは自殺しないが、息子の死を見たくないと望むようになる。

 長く生きていると、絶望で未来を見失うこともある。誰かに騙されて大事なものを失うこともあるだろう。人を食い物にする輩は今でもいる。破滅後の未来でなくとも、自らの生き方は試されている。この映画にあるような厳しい現実からは絵空事かもしれない。しかしそこから何を想像するのか。観客はそれを試されているような気がする。

120512-03.jpg この本が売れたのは、本を買うような層はいまは持てるものが多くても、それを失うことの恐怖を絶えず感じているからではないか。そこに共感したのではないだろうか。ポップコーン片手に映画館に足を運ぶ多くの人たちには無縁の恐怖かもしれない。

 ついでにいうと、この映画の後にジョエル・シルバーが同じようなポスト・アポカリプティックをテーマに『ザ・ウォーカー』という映画を製作した。デンゼル・ワシントンが主役で失われた聖書を西に運ぶ男のものがたりである。デンゼル・ワシントン演じる男の名は「イーライ」といい、『ザ・ウォーカー』が『ザ・ロード』にインスパイアされたことを暗示している。興行的には『ザ・ウォーカー』は大きな成功を得たが、内容は完全にポップコーン片手に観るようなアクション映画であった。


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posted by jin-k at 20:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | ノーカテゴリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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