2012年10月08日

【最後の忠臣蔵】使命を果たしたのちの殉死か、それとも禁断の恋情か



 池宮彰一郎原作の忠臣蔵『四十七人の刺客』の後日談を扱った『最後の忠臣蔵』に収められた最後の一編を映画化したもの。赤穂浪士討ち入り後、図らずも大事のあとに生き残ってしまった二人の赤穂侍の生き様を洛西の美しい風景の中で切実に浮かび上がらせる。残された浪士の家族を見舞うために共に死ぬことを許されなかった足軽の寺坂吉右衛門に佐藤浩市、同じく主人の隠し子を守るために討ち入り前夜に脱盟させられ武士道と恋情の狭間で苦悩する瀬尾孫左衛門を役所広司が演じる。

 121008-01.jpg 原作を読まないまま、映画を観ていたら「なんだこの映画は江戸時代を舞台にした中年男と主筋の少女との歪な純情恋愛物か」と思ってしまった。中盤までの瀬尾孫左衛門と桜庭ななみ演じる内蔵助の隠し子・可音の関係は怪しく映る。しかし最後までみていくと、すべてを捨てて使命を果たし、そのあとで主人の後を追う忘れられた志赤穂浪士の物語りであった。

 しかしそれにしても、ネタバレになるが、瀬尾孫左衛門はなぜ腹を切らねばならなかったのだろうか。ここが納得いかない。この行為は極めて利己的があり、「これこそが武士道」と言い切るには疑念が残った。主人の大石内蔵助に愛妾の子を託されたからといって、隠し子の可音が嫁いだあと死ぬ必要はない。主命に従えば可音が嫁いだあとも、可音の行き末を影ながら見守ることこそが忠義ではないのか。孫左衛門は浅野家の家臣ではなく、大石家の用人であった。原作では赤穂浅野家直臣ではない孫左衛門には討入る資格はないと内蔵助は考えていた。

 孫左衛門は討ち入り浪士の一人として主人に殉じて死にたかったが、使命を果たすまで死ねなかったというのが、この映画のテーマであり、そこに美学を見いだしているわけだ。本当の忠義とはなにかということを問いかけているが、瀬尾孫左衛門は本当に忠義者だったのだろうか

 映画のキャッチコピーは

守るべき人がいる。
果たすべき使命がある。


と書かれているが、果たすべき使命が可音が嫁ぐまでというのは、孫左衛門の勝手な解釈に過ぎない。一度捨てた命であれば、寿命が尽きるまで使命を果たすべきだろう。

 映画と原作は別物なので、映画が原作通りでなくてはならないなどと野暮なことは言わないが、原作と読み比べてみると、これが結構興味深い。原作を読むと、孫左衛門は自死するしかないなと思わせる構成になっていた。映画では可音が孫左衛門に恋するようになっているが、原作ではその逆で、可音を育てるうちに美しく育った可音に熱い思いを抱くようになり、断ち切れぬ恋情に身もだえする孫左衛門が一瞬だが描写される。

121008-02.jpg 孫左衛門は洛西にある大枝中山のあたりに住んでいた。大枝中山は山陰道沿いにあり、九条通りを西に延ばしたあたりになる。阪急の桂から2キロメートルほど西あたりである。原作で可音と茶屋修一郎が出会うのは、京都の北東にある八瀬の釜風呂であった。八瀬は比叡山の東側の登り口で、さらに北に行くと鞍馬に至る。かなり距離があるがそれほど無理はない。全く関係ないが、司馬遼太郎の『風神の門』でも冒頭で霧隠才蔵と隠岐殿が出会うのも八瀬の釜風呂であった。手かがりが女の匂いであることも共通している。八瀬の釜風呂は京都では舞台にしやすい場所なのだろう。

 映画では茶屋修一郎が可音を見初めるのは、なんと大阪の竹本座であった。京の四条や三条に竹本座があったのであれば無理はないが、少し無理やり過ぎまいか。茶屋家は堀川二条にあって、そこの若旦那が見初めた娘を捜して毎日大阪の竹本座に足繁く通うのは無理があるだろう。

 大枝中山に隠れ住む孫左衛門のもとを寺坂吉右衛門が訪れたとき、斬り合いはなかった。吉右衛門が生き残った理由を知らぬ孫左衛門は最初は警戒するもののそのあとはうち解け、可音が寝所に退いた後、吉右衛門にいうのである。「おれの心には……………魔が住んでいた」と。原作ではさらに

それは禁断の恋情だった。

と続く。主君の姫に恋情を抱いた孫左衛門が、可音の婚礼のあと切腹したのは、主君に殉じただけではない。主君を命を果たしつつも邪念にまみれた自らを恥じたため、あるいは邪念を振り払いきれずに死を選んだと解釈するのが自然ではないだろうか。己の都合で切腹した。だから、最後に吉右衛門に「介錯、無用」と言うのではないか。

 原作にある孫左衛門の恋情をストレートに映画に反映させてしまうと、生臭い話になってしまう。陰鬱なストーリーをさらに生臭くすると観ていられないので、ストーリーだけ拝借し、過酷で手前勝手な主君の使命を人知れず果たしたあと、主君に殉じて追い腹する武士道をテーマを全面に押しだしたに違いない。

 しかしそれでも、主君に殉じた瀬尾孫左衛門の行為を美しいというのは、筋違いではないかと思う。大石内蔵助は討ち入りすると同時に、討ち入らなかった藩士の行く末も案じた(史実はどうだったのかは知らないが)。残された藩士の家族を慮って吉右衛門に生き残ることを命じたように、討ち入りに反対した藩士や脱盟した藩士の仕官や生業にも気を遣った。だからこそ、可音の輿入れで多くの元赤穂藩士が供を願い出た。

 この映画のもう一つの隠れたテーマは、大石内蔵助の神算鬼謀ともいうべき残された藩士への配慮ではなかったのか。この映画に「愛」があるすれば、それは孫左衛門のそれではなく、死してなおその威徳を偲ばれた内蔵助にこそあるべきだろう。内蔵助の娘が嫁入りすると聞き次々と供を願い出る元赤穂藩士の姿にこそ、心が動かされる。その内蔵助の家臣であった孫左衛門は内蔵助の意思を嗣ぐべきであって、与えられた使命のみを果たし主人に殉じるのは本命ではあるまい。

 孫左衛門が死を選んだのは、可音の孫佐への未練を断ち切るためだったかもしれない。可音は孫佐の心が夕霧にあると思い違いをし、茶屋家へ嫁ぐことを承知する。孫左衛門は可音の未練を断ち切るには死ぬしかないと思ったという解釈もできるが、それは深読みし過ぎだろう。

 さてそれでは映画は原作を大きく改変したのかというと、必ずしもそうではないと思われる。この映画は二重構造になっているのだ。原作を知らない観客には使命を果たしたあと主君に殉じた武士の物語となり、原作を知るものには、禁断の恋情を断ち切れずに孫左衛門が死を選んだように読み取れるのである。孫左衛門は紅蓮地獄の迷妄を断ち切るためには、主君の後を追わざるを得なかったのである。

121008-03.jpg 映画の中では孫左衛門の可音への恋情は明確には描かれていない。しかし孫左衛門の可音への接し方や視線を探っていくと、やはり孫左衛門が可音に恋慕しているような演技になっていると思われた。ただし孫左衛門はそれを自覚していない。主演の役所広司が原作を読んでいないとは思われないので、原作と脚本の違いを踏まえつつ、主君の娘への忠義と自覚しない恋情のいずれにも読み取れるように演技をしたような気がする。

 人形浄瑠璃の『曽根崎心中』が修一郎が可音を見初めたときに使われているが、それ以外でもいくつものシーンで挿入されている。茶屋家で婚儀を申し出た後や、切腹する前である。お初と徳兵衛のように、心の隅ですべてのしがらみを断ち切りたい願う孫左衛門の心情を表しているかのようである。京都では興行されてなかったと思われる人形浄瑠璃をあえて挿入したのは、時代感を演出するためだけではないだろう。そこに孫左衛門の秘めた思いがあったように見受けられる。

 映画では安田成美の夕霧(何代目の夕霧太夫なのだろうか)に

可音さまは恋しておいでどす。
瀬尾孫左衛門というお方どす。


と言われてはじめて、孫左衛門は自らの可音への恋情を悟るのではないか。もし可音に一抹の恋情も抱いていなければ孫左衛門は小姑のように小うるさく可音に小言をいうだろう。あるいは実父のように厳しく接するだろう。可音に対する遠慮は主君の娘だからではなく、仄かな恋情のなせるわざといってよい。

 そうなると、ほとんど原作を踏み外していない。大きく異なっているのは、原作では孫左衛門は最初から可音が大石内蔵助の娘であることを知らせており、そのため可音は孫左衛門を家臣として遇し恋心は抱いてはいないことだ。可音は大身の武家の娘として凛とした態度を保ち続けるのだ。さらに可音は婚儀が決まったあと、遠回しであるが孫左衛門に死なぬように言いつけるのである。

 『最後の忠臣蔵』の解釈は観客が好きなように感じればよい。できれば、そのまま観たあと、原作を読み、もう一度観てみよう。一粒で二度おいしい映画である。優れた小説は時を置いて読み返すと新しい発見がある。この映画も同様に視点を変えて観れば、幾通りにも解釈できる映画である。脚本の苦心が偲ばれる映画であった。







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posted by jin-k at 17:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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