2014年01月08日

【ゼロ・グラビティ】「ゼロ」は蛇足だろ、「グラビティ」だけでいい



 スペースシャトルが衛星の破片によって破壊され、船外にいた宇宙飛行士が船外に取り残されてしまう。重力のほとんどない世界で行き場を失い絶望するなかで、取り残された宇宙飛行士はわずかに残された道を模索する。たまたま大気圏外で作業をしていて取り残された女性科学者にサンドラ・ブロック、彼女を励ますベテランの宇宙飛行士にジョージ・クルーニーを配して、一抹の望みも持ち得ない過酷な環境で戸惑いながらも生き延びようとする姿を『トゥモロー・ワールド』のアルフォンソ・キュアロンが描く。

  日本版のタイトルは「ゼロ・グラビティ」となっているが、原題は「Gravity(重力)」となっている。舞台は無重力空間(正確には微小重力空間)であり、映画の中では抵抗のない宇宙空間で運動エネルギーが保存されて慣性の法則がダイレクトに働く様子が如実に描かれている。舞台が「ゼロ・グラビティ」であることは確かだが、邦題の選定者は原題が何故「グラビティ」となっているのかということを理解していないのではないか。日本人らしい行き過ぎた親切心では「ゼロ・グラビティ」としたのだろうが、「ゼロ・グラビティ」では映画の持つ広がりが失われてしまうではないか。

140108-01.jpg 物語としてみれば、過酷な状況でわずかな希望をたよりに生き延びることの意味がテーマになっている。絶望に押しつぶされそうになりつつも、力を振り絞って生き抜く道を選ぶ姿は美しい。まあとはいえ、それだけであれば目新しくもない普遍的なテーマである。そうなると単に舞台が無重力空間だというヒューマン・サスペンスドラマになってしまう。おそらく日本の配給会社はそう思ったのだろう。アメリカでこの映画が爆発的にヒットしたのは、「ゼロ」のない「Gravity」というタイトルにもあったのではないか。

 原題が「Gravity(重力)」となっているのは、無重力空間がどのようなものであるのかということを知らせたいということだけでなく、そこから「重力」そのものの存在を考えてほしいという意図があったのではないかと強く感じる。空気や水よりも普遍的であると同時に不可欠であるが、その存在がほとんど解明されていないものが「重力」なのである。

無重力空間はこんなに危険な所なんだ

ということは映画のテーマとしてあるにしても、宇宙ではそれが常態であり、重力のある地球上こそがいびつな存在であることを、そこから考えるべきではないかと思う。特殊な環境は地球上なのである。そして人間はその特殊な環境でなければ生きることができない。そこに想到するにはタイトルは「グラビティ」であるべきだと思う。

 重力は現在のところ、ほとんど解明されていない。アインシュタインが重力波の存在を予言したが、理論を超えず明確には実証されていない。したがって重力が「波」なのか「粒子」なのか、光と同じように両方の性質を持つものかも不明である。強い重力は光をも曲げるので、光とは異なった性質の存在だろうと思われるが、現在の物理学では手かがりになりそうな理論があるだけで正体は不明となっている。

 人間が宇宙に出て行けないのは、重力があるからだ。人間の体は地球上の重力に合わせて作られていて、宇宙空間で長期間存在するのが難しい。宇宙ステーションに半年留まれば、体内の骨の10%が溶けてしまい、骨粗鬆症になってしまう。さらに免疫システムが衰え、頻繁にうつ状態になるという。また心臓は働きを弱め、筋肉も萎縮する。国際宇宙ステーションでの長期滞在でも長くて七ヶ月程度となっている。人類が月からさらに遠くにいけないのは、重力制御が思うに任せないためなのである。

 となると宇宙に進出するには、無重力空間で地球上と同等の人工重力を再現するしかない。地球は回転しており遠心力が働くので、赤道付近ではわずかに重力が軽減される。そのため、遠心力を使って疑似重力を生み出すアイディアがある。古くは『2001年宇宙の旅』に登場する宇宙ステーションや宇宙船ディスカバリー号である。ディスカバリー号では船体の居住スペース部分を回転させて遠心力で疑似重力を得ている様子が描かれている。その後SF映画はあまたあるが、宇宙船内の重力問題を描写したものは数えるほどしかない。

 遠心力の疑似重力を使ってスペースコロニーを画策したのがジェラルド・オニールであった。ラグランジュポイントに巨大な宇宙植民地を構築して地球の人口増加に対処することを目的とした。しかし資材の打ち上げに莫大なコストがかかるために、今では忘れ去られた。『機動戦士ガンダム』に彼のアイディアが残滓するのみとなった。

 オニールのスペースコロニー計画から生まれたものがスペースシャトル計画で、宇宙飛行計画のコストダウンを目指した。資材の運搬にコストがかからなければスペースコロニーは実現できると思ったのだ。ところが思う任せずに逆にコストは上昇した。複数度の航海に耐える機体は予想よりコストがかかったらしい。複数回、大気圏を行き来するには、SF映画のようにエネルギーフィールドのシールドで船体を保護するしかなさそうだ。

140108-02.JPG スペースシャトルで1オンス(約31グラム)の資材を宇宙に運ぶのに830ドル(『わたしたちはなぜ科学にだまされるのか/ロバート・L・パーク著』141ページ)かかるという。スペースシャトル計画が始まった頃の金の価格は安かった。せいぜい1トロイオンスで300〜400ドル程度なので、経済的には全く釣り合わないことが明らかになった。彼らの夢は破れた。

 これから人類が宇宙空間に進出するには、疑似重力技術は不可欠だろう。遠心力ではない重力の再現である。重力の理論はわからなくてもよい。何らかの方法で平面空間で地球上と同じような重力場を生み出す技術があれば、宇宙空間でマジックテープは不要になる。

 無重力空間が人類にという種にとっていかに大変な場所であるのかということを知っていなければ、ライアン・ストーン博士の感じた恐怖はわからないのではないか。重力はいまだ人類にとってアンタッチャブルなもので、それのない世界の容赦のなさは実際には体験しなければ想像できないと思われる。映画では極めてリアルに描かれているが、本当の過酷さは映像だけでは実感できないのではないか。重力のある世界と重力のほとんどない世界を対比する中でこそ、ストーン博士の恐怖は想像されるのではないだろうか。


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posted by jin-k at 20:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | アクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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