2016年10月30日

【オデッセイ】やっぱり火星は遠かった



 NASAが想定する火星でのサバイバルを描いたハードSF『火星の人』をリドリー・スコットが映画化したものが「オデッセイ」である。火星への有人ミッションで事故のため、ただ一人取り残された宇宙飛行士マーク・ワトニーが過酷を極める火星上で約一年半を生き延びて、地球から救助される様を描く。


20161030-3.jpg もともと『火星の人』はアンディ・ウィアーがWebで連載していた小説をアマゾンで販売したところ、人気を博したので紙の本で出版されたもの。最初はポディウム・パブリッシングというオーディオブック出版社と契約(2013年1月)を結び、そのあとで大手のクラウンと六桁の契約金(2013年3月、出版されたのは翌年3月)で紙の本の出版を実現した。そして同じ時(2013年3月)に20世紀FOXが映画化権を得て、「クローバー・フィールド」の脚本を書いたドリュー・ゴダードに監督と脚本の執筆を依頼した。主演はマット・デイモンが演じ、監督は最終的にリドリー・スコットにオファーしたという。

 20世紀FOXはこの映画を万全のものにするために監督にリドリー・スコットを指名した。リドリー・スコットは製作にも名前を連ねているので、20世紀FOXがリドリー・スコットを抱き込んだといっても言いすぎではないと思われる。Wikipediaの「オデッセイ (映画)」のページにある「科学的正確性」という項目に

映画版独自の不正確さもある。火星の重力は地球の約40%の大きさであるが、リドリー・スコットは地球と火星の重力の差を再現しなかった。あえてその差を表現する意味を見出せなかったためである。

と書かれているが、リドリー・スコットにそういわれれば、それ以上突っ込むことは難しい。もっとも原作が火星の重力に忠実であるかどうかは不明だろう。約40%の重力でジャガイモは本当に発芽するのか。発芽しても喰えるのか。確証はない。

 リドリー・スコットが監督したおかげかどうか知らないが、興行的には大成功で、約一億ドルの製作費に対してその六倍の興行収入をもたらした。ただし、アカデミー賞にはノミネートされたものの、受賞からは見離された。

 主演はマット・デイモンが演じているが、このキャスティングはかなり無理がある。というのは、原作を読んだ限り、マーク・ワトニーは三十代前後ではないかと思われるからだ(原作ではワトニーの年齢は明示されていない)。映画の公開時、マット・デイモンは44歳くらいでちょっと年を食い過ぎている。ルイス船長のジェシカ・チャステインは40歳で、デイモンより年下なのである。

 ちなみにいくつかのサイトにはルイス船長は「准将」とあるが、どうだろうか。マイケル・ペーニャを演じたマルティネスは英語版のWikipediaには「Major Rick Martinez」とある。マルティネスは空軍出身なので少佐である。ルイス船長は「Commander Melissa Lewis」とある。ルイス船長は海軍だから、そのまま受け取れば中佐でなければならない。海軍の准将は「Rear Admiral」なのである。通常Admiral(提督)が実戦の最前線に立つことはない。

 閑話休題。それでは制作側が、どうしてもマット・デイモンにワトニーを演じさせたかった理由はどこにあるのだろうか。それはおそらく彼が「プライペート・ライアン」で救出される兵卒ジェームズ・フランシス・ライアンを演じていたからではないだろうか。「プライペート・ライアン」はもう二〇年近くも前の作品ではあるが、マット・デイモンの「連れて帰る人」のイメージがまだ強いせいではないか。アメリカの「オデッセイ(タイトルは「The Martian」)のキャッチフレーズは

BRING HIM HOME

となっている。「プライペート・ライアン」の印象を借りようとしたとしか思えない。

 マット・デイモンは原作にあるようなユーモアのある語り口を見事に再現し、いつも死と隣り合わせの火星での過酷なサバイバルを軽快に演じてみせた。キャスティングが間違っていたとは思ってはいないが、20世紀FOX内では「マーク・ワトニーはマット・デイモンしかいない」と誰かが感じてキャスティングしたに違いない。


 映画を見たあと、「これは原作を読まねばならん」と思って原作を手に入れた。翻訳物のSFは文章が硬くて読みやすいものは多くないが、「火星の人」はワトニーのログ(日誌)を主体に構成されていて、極めて読みやすい。

 原作を読んだ理由の一つは、ヘルメスが地球の重力アシストを利用して火星に戻る方が早いとする理由が今一わかりにくかったからである。この辺りは映画の中では充分に説明されていたとは思えなかった。

20161030-1.jpg 火星に向うヘルメスはイオンエンジンを搭載している。原作によると、アルゴンを放出して進む。宇宙には抵抗がないので、イオンを放出するたびに加速度が増す。最初は僅かのスピードでも、加速を続けることで高速で進むことができる。理論的には最終的に光速に近いスピード(亜光速)が得られるとされている。ヘルメスは常時イオンを放出するエンジンを積んでいる。ついでにいうと、打ち上げに失敗したアイリスもイオンエンジンで進むがポイント推進機といわれており、常時推進ではない(だから火星に着くのが遅くなる)。

 火星に近づくと当然減速しなければならない。つまりイオンエンジンを逆噴射するしかない。単純にいってスピードを上げた分と同じだけ燃料を使うことになる。ヘルメスのクルーがワトニーが生きていることを知り、リッチ・パーネル・マヌーバで火星に戻れることを知ったとき、地球までの距離は約一ヶ月であった。映画ではリッチ・パーネルがエルロンド会議で

いまヘルメスは地球へのインターセプトのため一ヶ月の減速をしている。

という。原作にはエルロンド会議にリッチ・パーネルは参加しないので、同じ意味の台詞をカープアが説明している。エルロンド会議の後にあるワトニーからベックへのメールに「地球に帰るまであと二ヶ月」と書かれている。おそらく地球の周回軌道に入るまでが一ヶ月で、そこから地球に戻るまでにもう一ヶ月程度かかるという意味だろう。

 地球とインターセプトするまで本来は減速が必要だが、ここでさらに加速して地球に向う。そして地球の重力アシストを利用して、火星にターンする。つまりスイングバイ(二度目に火星に向う時はフライバイであるが、地球の重力アシストを使う場合、スイングバイなのかフライバイなのかは記載されていない。原作で両者の使い分けをしているかどうかもわからないが、地球とのインターセプトはスイングバイというほうが近いと思われる)である。

 このときヘルメスは途轍もないスピードで地球の側を通る。どのくらいのスピードなのかは原作にも書かれていない。なんて書かれているのかというと

その速度は膨大なものです

なんである。時速とか分速とか、マッハとかで示してくれるとイメージしやすいのだが、具体的なスピードははぐらかされているのだ。地球の重力アシストを使用したスイングバイでもう一度火星に向う時はちまちました加速が不要なので、距離が遠くても短期間で火星に到達できるのである。

20161030-2.jpg その「膨大な速度」で飛ぶ宇宙船にサプライ機をドッキングさせるわけである。その難しさは戦闘機ヘの空中給油の比ではないに違いない。映画の中では静止した宇宙船に補給船が緩やかにドッキングするような絵になっているが、実際はトンデモナイスピードの中で行われているのである。誤解を恐れずいうと「ゼロ・グラビティ」で周回軌道を猛烈な勢いで襲ってくる人工衛星の破片にサプライ機をドッキングさせているというところだろうか。おそらくそれよりももっと早いスピードだろう。

 リッチ・パーネル・マヌーバを実行する前にルイス船長は

サブライ・ランデブーが失敗したらわたしたちは死ぬ

という。ここの意味も少しわかりにくい。サブライ・ランデブー出来なくても、地球の近くにいるのだから、ワトニーは救えなくても、ヘルメスのクルーは地球に帰れるのではないかと思ってしまう。

 しかしこれはサブライ・ランデブーで事故が起こったらという意味ではないのだ。サブライを受け取れなくてもクルーは死ぬのである。なぜなら、加速したヘルメスは膨大なスピードで飛んでいるので、失敗したあと、イオンエンジンを逆噴射してもすぐさま地球に戻る軌道を確保できないのだ。おそらく補助スラスタだけでは地球に戻るターンができないのだろう。そうなると、失敗しても火星まで飛んで戻ってくるしかない。そうすると約十七ヶ月かかるのだ。

 残念ながら、船内には五人が帰還するまでの食糧はないし、冷凍睡眠の装置もない。船内にあるのは地球とのインターセプトから一ヶ月分の食糧(ワトニーが喰っていないので少なすぎると思うけどね)だけなのである。だから、サブライ・ランデブーに失敗するとクルーは全員死ぬのである。まさにここでは「冷たい方程式」が適用される。原作ではヨハンセンと父親だけの会話で、サブライ・ランデブーに失敗したとき、ヨハンセンだけが生き延びるプランBについて触れられている。

 なるほどなぁ、と思うのは、やはり火星は遠いということである。今の宇宙技術を積み上げても、あと一〇年や二〇年で火星に有人船を飛ばすのはかなり無理そうである。この話は1997年のマーズ・パスファインダーの技術者がまだ生きている時代を想定しているので、時代設定はせいぜいあと二〇年先くらいだろう。


 ところで原作本の解説では本書のことを「NASAオタク小説」と呼んでいる。映画ではNASAっぽさが、さらに強調されているような気がする。たとえば、火星のマーズ・パスファンダーとJPLのレプリカを同期(原作ではマーズ・パスファンダーのレプリカは使われていない。マーズ・パスファンダーの古いコントロールセンターのモニタがあるだけ)させたとき、オペレータのティムが

アルゴンキンの円卓のように
気の利いた会話は無理ですね

といい、火星ミッション責任者のカープアが「何だって」いうシーンがある。「人一人の命が懸かっているのになに言ってんだ」という感じだろう。これは字幕ではなく日本語の音声だが、思わず「何で、アルゴンキンがでてくるんだ」と思ってしまう。アルゴンキンは北米インディアンを指す言葉で、普通はアルゴンキン語族という言い方をして広い分類で使われる。

 ところがアルゴンキンの円卓というは、インディアンのことではなく、ニューヨークにあったアルゴンキン・ホテルのレストランにあった円卓のことを指している。1920年代に当時の文化人がアルゴンキン・ホテルのレストランに昼食に集まって会話したことを言っているのである。

 ここではティムは「気の利いた会話はできませんね」と言いたいだけなのだが、それをあえて「アルゴンキン・ラウンド・テーブル」を持ち出すわけである。このディレッタント的な発言は、いかにもNASAっぽい。もっともティムはNASAではなく、JPLの職員だが、気質は似たようなものではないか。

 エルロンド会議という名称はそのものがオタクである。もちろん原作にもある。NASA広報統括責任者のアニーは「なぜ、エルロンド」と問う。ショーン・ビーン演じるミッチ・ヘンダーソンが応えて「秘密の会議だからさ」という。この台詞のためにショーン・ビーンをキャスティングしたというのは言いすぎか。ショーン・ビーンはここでも秘密会議を裏切った。

 ところでこのあと、NASAの長官テディ・サンダースは「プロジェクト・エルロンドとくるなら」と

私の暗号名はグロールフィンデル

という。この台詞は原作にはない。やっぱりNASAの長官もオタクだった。

 グロールフィンデルは「指環物語」に登場する上のエルフの一人だが、ピーター・ジャクソンの「ロード・オブ・ザ・リング」には登場しない。ゴンドリンの時代(中つ国のもう一つ前の時代)にバルログと戦い一度は死んだが、マンウェに願いでて中つ国に戻ってきたエルフの変人である。アングマールの魔王と呼ばれたナズグルの首領を「人間の男の手では死なない」と予言した人物がグロールフィンデルなのである。原作ではナズグルに剣を刺されて幽鬼に取り込まれそうになったフロドを救いエルロンドの館に連れてくる。

 脚本を書いたドリュー・ゴダードは、わざとここでNASAの長官に「私の暗号名はグロールフィンデルだ」だと言わせている(と思う)。オタクでしか知らないような登場人物の名前を言わせることで、SFやファンタジーのマニア受けを狙ったという側面はあるかもしれない。いかにもNASAの人間が言いそうなこだわりではないか。

 さらにグロールフィンデルと言わせたのは、グロールフィンデルがピージャクの映画には登場しないこともあるのではないか。映画のエルロンド会議の背景に映し出されたエルフの面々の中にグロールフィンデルはいたと思われるが発言はしていない。テディ長官が「私の暗号名はグロールフィンデルだ」といった裏には、エルロンド会議にはいたが「オレは関与していないぞ」というニュアンスを込めているような気もする。つまりテディ長官の弱腰がこのグロールフィンデル発言にも顕れているのである。


 「オデッセイ」はいま人類(正確にはNASAだけどね)が知り得ている火星像を、重力は別にして丹念に再現しようとしたサバイバルドラマである。日本語のタイトルにあるような宇宙で「旅」をテーマをしたものではない。いまの技術の延長上で有人の火星探査が行われるとしたら、この映画のようになるのかもしれない。

 もっとも、まず人工重力を装備した宇宙ステーションを完成して稼働するのが先だろう。無重力空間で人間がまっとうに生活できるのはせいぜい七ヶ月くらいだが、ヘルメスのような巨大なサイズの宇宙ステーションに遠心力を利用した人工重力空間を設置したとき、それで人間が何年くらいまっとうに生きていられるかは実験しなければならない。その実験だってある程度の結論が得られるまでは何十年はかかるのではないだろうか。それを火星まで飛ばすとなると、まだまだ先は長そうである。火星への有人飛行は百年単位で見ていくしかなさそうである。


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posted by jin-k at 17:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | アクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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