2010年02月09日

【レジェンド・オブ・ウォーリアー 反逆の勇者】ヴァイキングのアメリカ到達伝説を背景にしたチャンバラアクション



 コロンブス到達以前に、アメリカ大陸に渡ったヨーロッパ人がいた。アイスランド、グリーンランド経由でアメリカにたどり着いたヴァイキングたちである。ヴァイキングとアメリカの先住民の邂逅をテーマにしたアクション映画が『レジェンド・オブ・ウォーリアー 反逆の勇者』である。

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2010年01月14日

【ウルフマン】毛皮交易しかなかったイギリス植民地時代のカナダ



 この映画はキャサリン・イザベルエミリー・パーキンスの姉妹が狼人間にかまれて変身してしまうという映画の仕切り直し版である。2000年に『ジンジャー スナップス(原題:GINGER SNAPS)』、その続編として2004年にエミリー・パーキンスを主人公にした『ウルフマン リターンズ(原題:Ginger Snaps: Unleashed)』が制作されていて、時代を変えてリメイクしたもの。

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2010年01月10日

【パトリオット】独立戦争に隠されたチェロキー族の悲哀[2]



 ベンジャミン・マーティンは独立戦争が起こってもすぐさま大陸軍に加わらなかった。独立戦争といっても、それは後から付けた名前であって、当初はアメリカにあるイギリス植民地人の反乱でしかなかったからだ。

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2010年01月09日

【パトリオット】フランシス・マリオンとバナスター・タールトン[1]



 『パトリオット』はアメリカ独立戦争を舞台にした映画。独立戦争はアメリカの植民者とイギリス本国との戦い。アメリカ大陸軍の立場にたてば、赤服のイギリスは敵役になるため、ハリウッド映画では取り上げにくいテーマになる。日本人やドイツ人のように、イギリス人を安易に敵にすることは難しいからだ。監督のローランド・エメリッヒはドイツ人なので、イギリス人を敵とする映画にはそれほど抵抗がなかったに違いない。

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2009年07月04日

【ラスト・オブ・モヒカン】最新鋭のライフル銃を持つホークアイ[3]



ラスト・オブ・モヒカン 『ラスト・オブ・モヒカン』の主人公は、「ホークアイ」と呼ばれるイギリス人である。彼はウィリアム・ジョンソンの下で共にジョージ湖で戦ったらしい。原作では本人がそういう【モヒカン族の最後(上)/ジェイムズ・フェニモア・クーパー著/ハヤカワ文庫NV/241ページ参照】

 その戦いでフランス軍に勝利したウィリアム・ジョンソンは、ナイトに叙せられた。ウィリアム・ジョンソンはモホーク族の娘と結婚した。その弟が独立戦争時にイギリス軍に加わったモホークの酋長ジョセフ・ブラントである。

 ダニエル・デイ=ルイスの『ラスト・オブ・モヒカン』では、ホークアイが主人公だが、アンカスともにモヒカン族の酋長チンガチグックに育てられた白人という設定になっている。トーキーの『モヒカン族の最後』では、主人公はホークアイではなく、モヒカン族のアンカスになっている。ホークアイはさえない斥候でしかない。

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2009年06月04日

【ラスト・オブ・モヒカン】ウィリアム・ヘンリー砦の大虐殺[2]



 『ラスト・オブ・モヒカン』に描かれている事件は実話である。ウィリアム・ヘンリー砦に立てこもったダニエル・ウェブ将軍麾下のマンロー連隊長は実在の人物。フランス軍と講和したあと、エドワード砦に引き上げる際に先住民に襲われている。ウィリアム・ヘンリー砦には約二千名程度の兵がいたが、砦を囲むモンカルムの兵は先住民も合わせて約八千名がいたそうである。

 ウィリアム・ヘンリー砦は、もともとイギリス軍の駐屯地であった。ジョージ湖の南端にある。「ジョージ湖」という命名は当時のイギリス王(ジョージ二世)にちなんでウィリアム・ジョンソンがしたもの。インディアンは「ホリカン湖」と呼ぶと原作には書かれている。

 フランスはジョージ湖の北端とシャンプレーン湖が接するところにカリヨン砦を築いていた。フレンチ・インディアン戦争の初期に、ウィリアム・ジョンソン率いるイギリス軍はカリヨン砦のフランス軍とジョージ湖で戦った(ジョージ湖の戦い)。そのときの駐屯地後に砦を築いた。一七五五年十月のことで、それがウィリアム・ヘンリー砦である。ちなみにカリヨン砦は、フレンチ・インディアン戦争のあとイギリス軍に接収され「タイロンデロガ砦」となっている。

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2009年05月20日

【ラスト・オブ・モヒカン】先住民インディアンの黄昏[1]



 十七世紀末から十八世紀にかけて、北米ではイギリスとフランスの紛争が絶えなかった。ヨーロッパで戦争が起きると、北米でもイギリスとフランスは軍隊を派遣し戦争したからだ。

 十七世紀のルイ十四世の時代、ヨーロッパではフランスとオーストリアのハプスブルグ家が敵対することが多かった。ハプスブルグ家はドイツ諸侯、スペイン、イギリスと同盟しフランス包囲網の構築を目指していた。しかし、イギリスが国力を充実させ、プロイセンが台頭すると、イギリスは同じプロテスタント国家であるプロイセンと結び、フランスと敵対することが多くなった。逆にフランスは宿敵であったオーストリアのハプスブルグ家と同盟してこれに対応した。

 十八世紀のヨーロッパでの大きな戦争は三つある。

スペイン継承戦争(一七○一〜一七一四年。北米では「アン女王戦争」)
オーストリア継承戦争(一七四○〜一七四八年。北米では「ジョージ王戦争」)
七年戦争(一七五六〜一七六三年。北米では「フレンチ・インディアン戦争」)

これらの戦争が起こると、北米の植民地でも同じようにイギリス植民地とフランス植民地が戦火を交えた

 アメリカ大陸の先住民は、オランダやイギリス、フランスと交易していた。先住民のインディアンが求めるものは主にマスケット銃である。狩りの道具としてだけでなく、部族間での戦争でも必要だった。先住民たちは主に北米にいたビーバーを捕獲し、その毛皮を交易してマスケット銃を手に入れた。先住民は交易を通じて繋がっていたヨーロッパ勢力に加担して、これらの植民地戦争に加わることになっていく。

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2008年12月06日

【ニュー・ワールド】ミスター・アメリカ、ジョン・ロルフ[3]



 ジョン・スミスがアリメカ開拓の伝道師だったとすれば、ポカホンタスと結婚したジョン・ロルフはアメリカという国の「アダム」といってもよい。彼は一五八五年にイギリスのノーフォークで生まれ、一六一○年にヴァージニアの土を踏んだ。

 ジョン・ロルフは、ロンドン・ヴァージニア会社の三回目の補給航海に乗船していた。三回目の補給航海というのは、ジェームズタウンへは四回目の航海のことだ。クリストファー・ニューポート船長(船団の指揮はジョージ・サマーズ卿)がシー・ベンチャー号以下九隻の船を従えて大西洋を渡ったが、バミューダ諸島で難破した。ジョン・ロルフはシー・ベンチャー号に乗船していた。

 船団が難破したとき、死者はいなかったが、バミューダに約十ヶ月いる間に、ロルフの妻と子供が死んだという。ロルフの子供は息子とも娘とも言われていて記述が混乱している。これは憶測だが、難波したバミューダで子供が生まれて、母子共に生き延びることができなかったのかもしれない。

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2008年12月02日

【ニュー・ワールド】アメリカ開拓の父、傭兵ジョン・スミスは立志伝中の英雄だった[2]



 ウィングフィールドは、ジョン・スミスを嫌っていたようだ。ジョン・スミスが貴族階級であっても、「自作農の小せがれ」からの成り上がりだったからだろう。ジョン・スミスは高貴な家柄ではないが、立志伝中の英雄といっても言い過ぎではない。

 十六才で船乗りになって、フランスのアンリ四世の傭兵となった。さらに、ハプスブルグ家(当時はルドルフ二世)に仕官してハンガリーに赴いた。当時のハンガリー王国は、西と北がハプスブルグ家の領地で、東にトランシルヴァニア侯国があった。中央と南はオスマン帝国(オスマントルコ)が支配していた。

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2008年11月29日

【ニュー・ワールド】遅れてきたイギリスのアメリカ植民地ジェームズタウン[1]



081129-01.jpg この映画はイギリスが最初にアメリカに築いた植民地、ジェームズタウン誕生を描いている。エリザベス女王が一六○三年に逝去し、その後を女王の従兄弟の孫がイギリス王位を継いだ。エリザベス女王が処刑したメアリー・スチュアートの息子、スコットランド王ジェームズ六世である。イギリス王としては、ジェームズ一世になる。

 イギリスがアメリカに足がかりを築いたのは、ウォルター・ローリー卿であった。ローリーはロアノーク島に二度にわたって植民しようとしたが失敗した(ウォルター・ローリー卿は【エリザベス・ゴールデン・エイジ】に登場する)。一五八五年と一五八七年である。ロアノーク島はノースカロライナ州にある島で、ジェームズタウンが築かれたチェサピーク湾の少し南にある。一六〇二年に探検隊が派遣されたが、植民者を見つけることとができなかったという。

 
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2008年11月23日

【めぐり逢う大地】アメリカ大陸横断鉄道の影



081123-2.jpg ウィル・スミスケネス・クラインが主演した歴史物のコメディ映画に『ワイルド・ワイルド・ウェスト』がある。アメリカの南北戦争が終わった時代を舞台に、南軍の生き残りが、スチームで動く巨大ロボットでアメリカ合衆国に逆襲する話である。アフリカ系のウィル・スミスが、北軍の騎兵隊大尉というかなり無理な設定も気にならないほど、軽快なテンポで話は進む。

 この映画のクライマックスの少し前に、当時のグラント大統領がユタ州(当時は準州だった)での記念式典で敷設された鉄道にゴールデン・スパイクを打ち込むシーンがある。ケネス・クラインが見事に化けたグラント大統領が、東西両方から伸びて接続された線路を固定するため、最後の釘を打ち込む。そのとき敵役のラブレス博士が登場して、グラント大統領はさらわれてしまうのだ。

 東西同時に工事が始まったアメリカ大陸横断鉄道が、一本になったときに行われたものが、この記念式典である。

 
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2008年11月10日

【スリーピー・ホロウ】アメリカ都市伝説を生んだヘッセンカッセル



 原作者のワシントン・アーヴィングといえば、なんといっても「アルハンブラ物語」が有名だろうか。「アルハンブラ物語」のような紀行文だけでなく、コロンブスワシントンなどの伝記も書いている作家だ。

 そのアーヴィングがニューヨーク州の都市伝説を題材に、架空の村、スリーピー・ホロウでおこった首無し騎士による殺人事件を小説にしたものが「スリーピー・ホロウの伝説」という短編小説。一八二〇年に出版されている。

 それをティム・バートンジョニー・デップを主演にして映画化したのが『スリーピー・ホロウ』である。アメリカでは、いままで、幾度となく映画化、テレビドラマ化されているようで、この小説の影響で、「スリーピー・ホロウ」という名前のついた地名や建物が増えたらしい。スリーピー・ホロウという墓地まである。

 「スリーピー・ホロウ」というのは「眠りの谷」という意味ではなく、「夢想家の谷」という意味で付けられている。架空のおとぎ話が真剣に囁かれる田舎町のこと。

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2008年09月08日

欲望を生み出す黒い血は誰にでもある【ゼア・ウィル・ビー・ブラッド】



 十九世紀後半のアメリカ西南部。カリフォルニアニューメキシコで大規模な油田が発見された。西部開拓史を彩るアメリカン・ドリームの最後に大きく輝いたのが油田の採掘であった。油井(原油を採掘する井戸のこと)の発掘で夢を追った石油屋をダニエル・デイ=ルイスが演じ、限りない欲望のなかでのし上がっていく姿と失ったものを浮き彫りにする。

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2008年09月03日

義賊となった強盗団の末路を描く『ジェシー・ジェームズの暗殺』



 ジェシー・ジェームズというのは、アメリカ南北戦争が終わった後、ミズーリミネソタ銀行強盗列車強盗を行った強盗団の頭目の一人で、のちに手下の一人に暗殺された。暗殺されたあと、義賊としてもて囃された。映画『ジェシー・ジェームズの暗殺』では彼が暗殺されるまでと、暗殺者のフォード兄弟のその後を描いている。

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