2009年07月18日

【スリー・キングス】イラクがクウェートから奪った金槐は約10億ドル



 『スリー・キングス』を観た。中古屋でたった480円という安さにつられて買うことにした。たしか以前テレビで放映されていたのを観た記憶があるが、そのときの印象はいまいちだった。

 このところ戦争映画を集めていて、『スリー・キングス』は湾岸戦争物に分類することができる。手元にある湾岸戦争物は

ジャーヘッド
戦火の勇気
ガルフ・ウォー


の3種類。『ジャーヘッド』は陸上作戦たった3日の湾岸戦争のために半年をかけてスナイパーとして訓練し、一度もトリッガーを引かなかった海兵隊兵士に日記をもとにした映画。

 『戦火の勇気』はメグ・ライアンが演じる救護班のキャプテンの最期がどのようであったのかを調べるなかで、非常時の兵士のふるまいをテーマとしている。戦争反対派からすると、タイトルは気に入らないかもしれない。

 『ガルフ・ウォー』は湾岸戦争というより、湾岸戦争症候群をテーマにしたもので、劇場映画ではなくテレビで放映されたもののようだ。湾岸戦争症候群に苦しんだ兵士の数は10万人を越えるといわれている。

090718-01.jpg アメリカ四軍(陸海空海兵)の兵数は約140万人で、そのうち50万人とか60万人を動員することでアメリカは必勝に備えた。ランチェスターの法則を忠実に守ったのである。兵数はイラクの方が多かったが、戦闘力という点でアメリカはイラクを圧倒した。金はかかったが、戦争の最終局面である陸上での戦闘はほんのわずかですみ、死傷した兵士はベトナムとは比較できないくらい少なかった。

 しかし湾岸戦争を扱った映画では、単純に湾岸戦争を採りあげたものはなく、もう少しディテールに踏み込んだものが多い。単純に反戦をうたうのではなく、戦争の一局面に切り込んだものが多いようだ。

 その中でいうと、『スリー・キングス』は異色である。アクションもののコメディ映画である。この映画を観るときに是非知っておきたいことは、イラクがクウェートから奪ったという金塊である。

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2009年03月31日

【ガルフ・ウォー】で学ぶ湾岸戦争症候群



 1990年のイラクのクウェート侵攻に端を発する湾岸戦争は、翌1991年の1月から2月にかけて展開され、米軍を主体とする多国籍軍の圧倒的な勝利で終わった。戦争が始まったとき、アメリカは圧倒的な火器をイラクの軍事施設に浴びせ、作戦計画を練った担当者も驚くスピードで終結した。

090331-01.jpg 『ガルフ・ウォー』という映画のタイトルは、日本語にすると「湾岸戦争」という意味である。本来であれば「ペルシャ湾戦争」と呼ぶべきだが、「ペルシャ」という地名を外して「湾岸戦争」と呼ばれることになった。

 ペルシャ湾の南岸に位置するクウェート、サウジアラビア、カタール、バーレーン、UAE、オマーンなどの石油産出国は、ペルシャ湾を「アラビア湾」と呼称するようになった。アリメカは湾岸諸国の面子を立てて、ペルシャ湾のことを「ペルシャ湾」といわず、単に「湾」もしくは「湾岸」を表す「ガルフ」と呼ぶようになったという。この戦争も「ガルフ・ウォー(湾岸戦争)」と呼ばれるようになった。

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2008年10月18日

【戦火の勇気】非常時での過失と罪の狭間にあるもの



 『戦火の勇気』は、一九九一年一月十七日から始まる湾岸戦争に題材をとった映画。テーマという意味では、戦争映画というより、私のそしてあたなの心の中にあるスーパーエゴがテーマだといっていいのではないか。戦争という特異な状況でこそ、人間は試されるのかも知れない。

 湾岸戦争は、ベトナム戦争以来、アメリカ軍が直接行った大規模な軍事行動だった。アメリカ軍の首脳部は、兵員の人的被害を最小限に止めることを考えた。その結果、編み出された作戦が、「砂漠の嵐」作戦である。つまり、最初に徹底した空爆によってイラク軍の拠点を徹底的に撃破したのだ。空爆であれば、費用はかかっても、人的被害は最小限になるからである。

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タグ:戦火の勇気
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